「……え?」
それはどちらが発した言葉だったろうか。
その言葉に反応した私たちは驚いてどちらからともなく素早く離れた。
彼にとって私の頭を撫でることが普通だったように、それを受け入れる私もまた自然だった。
無意識のうちに再現された過去。時間の力なんて飾りにしか過ぎなかったと、思いしらされた。
「ごめん、つい」
「………」
つい、何なのだろう。
懐かしかったから?
昔の癖で?
自然と手が出た?
その時、私が入ってきたドアが開いてセラが顔を出している。
「リア?どうしたの?」
最良のタイミングだったのか、最悪のタイミングだったのかはわからない。
二人は何事もなかったのように離れる。私は袖で涙を拭い、セラと、フェンネルに話しかける。
「大丈夫、何でもないから」それはまるで自分に言い聞かせるかのように聞こえた。
「目が赤いよ?」
「ん、ちょっと疲れてるだけだから、
大丈夫。もう少ししたら戻るから、先食べてて良いよ」
私の言葉に頷いて、ドアを閉めようとしたセラがフェンネルに気付いたようだ。
「あれ、フェンネルは何してるの?」
「私は君たちの様子を見に来たんだよ。あのあと怪我とかはなかったかい?」
「うん、大丈夫だったよ。熱暴走したジルを押さえ込むのがちょっと骨だったけど」
誰かさんのせいでね、と呆れ声。
「はは、楽しい料理になったようで良かったよ。
その分だと、食べるのも楽しいことになりそうだね」
「ん、そりゃ違いない」
「よし、それじゃ僕はもう行こうかな。
食べすぎと飲み過ぎに気をつけてね。特にリアは飲み過ぎないように」
「保証は出来ない、かな」
いつものように言葉を掛けてくれたお陰で、私も普通に答えることが出来た。
こういうところは本当に変わらない。ありがとう、心の中だけで、そう呟いておいた。
その言葉が聞こえたのかなんて知る由もないけれど、フェンネルは頷いてこの部屋から出ていった。
「で、リアはお酒を取りに来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうだった」歩いていき、冷蔵庫を開いてお酒を探す。
葡萄酒に、杏……って気分じゃないな。今はちょっと強いお酒の方がいい。
冷蔵庫から離れて、乾物を置いている棚の方へ向かう。
こちらの棚は自炊組じゃない人達も使うことがあるので冷蔵庫より更に大きく、多い。
自分のスペースがある棚を開き、中を眺める。
以前から色んなお酒を買い溜めしているので、パーティなどで大活躍する棚として有名だ。
小さい酒屋みたいなものである。
「あれ?こんなのあったかな」
「どしたの?」
セラが寄ってきて、私の横に立つ。
「いや、こんなお酒持ってたかなって思って。どこかで貰ったのかなぁ」
見慣れないちょうど掌と同じくらいの大きさの青い瓶が棚の一番手前にちょん、と鎮座している。
正直、瓶の綺麗な青色と相俟って凄く美味しそうだ。
「酔ってるときに誰かから奪いとったとかその辺りなんじゃない?」
「あー、それが一番可能性が高いわ。まぁ、いつもの御礼にって誰かが入れてくれたのかもね。
せっかく持ってきてくれたんだから、飲まないと失礼だよね。うんうん」
「決まったんなら早く戻ろっ。流石に料理の温かさもそろそろ痺れを切らしちゃうよ」
そうね、と頷き私は先を歩くセラを追って歩きだした。
待たせ過ぎたかなと反省しながら、お酒を分けてあげるから勘弁してもらおうと考えていた。→次へ